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2008年2月

未来を占うとは?

占いの目的とは何でしょう?

昔、三国志などの中国のお話を読んだときのことを思い出すのですが、戦国時代、そこでは、戦の決定に常に占いが重要な役目を果たしていました。不吉な相が出ていれば、どんなに有利に思える戦でも出陣は中止になることもあります。また、どこでどのような戦いをすれば有利なのかということも占いで決められました。生きるか死ぬか、あるいは、国を動かすほどの一大事を左右するほど、占いは重要視されていたのです。

日本でも、卑弥呼が占いで政を行っていたという記録があります。古来より、占いは人間にとって、なくてはならないものだったようです。

では、現代の人々はなぜ占うのか?

占いはもはや実用的なものとしては扱われなくなりました。占いよりも確かな情報を手に入れることができるようになったからでしょう。ある企業で、この商品は売れるのかどうかとか、どのような商品を開発すればいいのかといったことを占いで決めるということは、表向きはほとんどないと思います。実際には、個人的に占いを信じている社長さんなども多いようですが、占いでこう出ているからという話を会議の場で出す人はいないでしょう。占いでは説得力がなく、今の人は動かないのです。

それでも人は占いを求めます。むしろ渇望していると言っていいほど、世には占いがあふれています。それは、現代社会で最もおろそかにされてきた「こころ」の世界に触れることができるからではないでしょうか。

どんなに情報があふれ、生きるために必要な情報は必要なときに必要なだけ得られるようになっても、人々は不安でしかたがないのです。それは、未来のように知ることが出来ない情報があるからではないと思います。われわれが得られる情報からは、未来すらも予測できるほど、その精度は上がってきていると思います。仮に、科学的な手段によって未来をほぼ正確に予測できるようになったとしても、やはり人は不安から逃れることはできないでしょう。

不安でしかたがない。それは、情報が不足しているからではないのです。本当は、未来など知りたいわけではない。こころが渇いているだけなのです。その渇きを潤すためには、神秘的な力が必要なのです。

神は死んだ。どこかの哲学者がそう気が付いたときには、人々の渇きは始まっていたのでしょう。かつては、人々は常に神を感じていたはずなのに、今はその存在を理屈の上でしか語ることができなくなっています。たとえ頭の中では神の存在を認めていたとしても、もはや、感じることはできなくなっているのです。現代という社会では、神を感じることは許されていないからです。つまり、「タブー」なのです。

占いも、世間的にはタブーです。裁判で「占いに出たから人を殺しました」と言えば許してもらえるでしょうか? そんなことを言えば、あなたはきっと精神鑑定を受けるはめになるでしょう。きちがい扱いされるだけです。

それでも人は占いを求める。精神安定剤や心理カウンセリングではなく、占いでなければだめなのです。神を感じるためには、占いでなければだめだからです。

神とは何か。神こそが、私たちのこころの正体です。それは誰の胸の中にもあるはずなのに、人々は、どこか途方もなく遠いところにあるように感じています。だから、迷うのです。

占いは、決して未来を知るための情報源ではありません。未来を知りたいというのは口実で、本当は別の目的があって、人は占うのです。だから、どんなに優れた占いであっても、それが占いである以上、「当たる」ことは極まれです。それよりももっと正確な情報は世の中にあふれているので、実用的な情報を求めるならば、決して占いなどに頼ってはいけません。

未来を占うなというわけではありません。あなたが今未来を占いたいと思うのであれば、それはこころが求めているからです。そのこころに素直に従って占うことで、あなたは、自分でも気づかぬうちにこころの問題を解決していることになるでしょう。

理屈っぽく、「占いなど当てにならない」などと切り捨てず、占いたいときに占う。それが、現代人にとっては本当に必要なことなのかもしれません。

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カードと運命の関係

78枚もあるタロットカード。いったいそこにはどんな意味があるのでしょう?

1枚1枚すべて意味が違うのですから覚えるのも大変でしょう。それでも、無限の側面を持つ運命をあらわすのには78枚でも足りないくらいですが、それが偶然に選び出された2枚のカードで占えば、倍の156通りの組み合わせ。めくった順番を考慮すればさらに倍。カードの向きを考慮して、さらに倍の組み合わせ。これが3枚4枚と、組み合わせるカードの枚数が増えるに従って、無限ともいえる運命の組み合わせに近づいて行きます。

しかし、いくら無限ともいえる組み合わせが可能であっても、単なる偶然の組み合わせでしかなく、運命とは何の関係もないのではないだろうか?と思う人もおられるでしょう。

そこで、"神秘"という言葉を借りましょう。タロットカードに秘められた神秘が運命と、偶然に選ばれた何枚かのタロットカードとの一致をもたらすのです。

神秘という言葉を好まない方のために他の言い方をするならば、ユングという学者の研究した"シンクロニシティー"です。それは、意味のある"偶然の一致"です。

なぜそれが起るのか、その理由は知らなくても、その原理は誰にでも利用できます。タロットを手にした時、あなたはその大いなる神秘をも手にするのです。

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タロットと魔術

タロットと魔術の関連性についてのお話です。

タロットという言葉は、タロット占いとして一般的に知られるようになりました。もちろん現在でも、タロットというと占いの道具であるという認識をもたれる方が大多数だと思います。

ところで、タロットは占いの道具なのかというと、必ずしもそれのみであるとは言い切れません。19世紀末に設立されました「黄金の夜明け団」の教本などを見ていただけますと、タロットは占いのみならず魔術の道具としても用いられるということがお分かりいただけるでしょう。

現在、タロット占い自体は非常にポピュラーなものとなっていて、日本語で読めるタロット占いの入門書も多数出版されています。ところが、魔術の方になるとどうかというと、20年前に比べればかなりの邦語書籍が出版されましたが、まだまだ一般的には知られていない分野といえるでしょう。

魔術というと、たいてい呪いや黒魔術と同視されていて、魔術師といったなら黒いローブに身を包み、いけにえを用いて儀式をしたりする姿を思い浮かべられてしまいます。

ところが、黄金の夜明け団のテキストなどを見れば、魔術=呪いとは言えないことがわかります。有名な魔術の定義を挙げてみましょう。黄金の夜明け団に在籍していたこともある、20世紀最大の魔術師といわれるアレイスター・クロウリーによる定義です。

「魔術とは、主体の意志のままに変化を引き起こす科学(science)であり、技術(art)である」

さらに彼は、魔術の目的について次のように述べています。

「『唯一の至高の儀礼』は『聖守護天使の知識と交渉』の達成である。それは全き人間を垂直線上に上昇させることである」

クロウリー自身の思想で中心的な位置を占めていた言葉に「真の意志」という言葉があるのですが、それを踏まえて上の言葉を見てみたなら、魔術とは真の意志に到達するための科学(つまり知的営み)および技術(実践)といえるかもしれません。

真の意志とは何かというのもまた難しい問題ではありますが、真の意志に到達するとは、心理学者の言葉を借りるなら、マズローの「自己実現」やユングの「個性化」などが意味する事柄に近いイメージなのではないでしょうか(あるいは自分探しの旅のゴールといってもいいかもしれません)。

魔術のおおまかなイメージとしては以上です。

次回は、「占いの道具としてのタロット」と「魔術の道具としてのタロット」の共通点と相違点について述べたいと思います。

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タロットの秘密

古代エジプトにて、神の知恵を伝える秘伝書から生まれたとされています。
絵柄カードの形で神官たちに託された秘伝が、アレクサンドリアを経て
ヨーロッパに伝わり、中世になって占いとして完成されたそうです。

みなさんもよくご存知の、星占いの基礎である占星学との関係も深く、
各カードはそれぞれ、宇宙の惑星からの影響を強く受けています。

タロットは複数のカードを通じて、大いなる宇宙からインスピレーションを
さずかる占い・・・と説明すれば、わかりやすいかもしれませんね。

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